1本目
Aクラス同士で「試合の1回戦は、B級と当たりたい」「いや、B級より、球を入れないA級が良い」みたいなやり取りをすることがよくあります。
初戦というのはやはり色々と温まっていないのでイメージが良くない。そんな時にはたくさん撞かせてくれる人と当たって調整をしたいわけです。
初戦でBC級と当たる時に怖いのは持ち点の少なさです。
序盤の私というのは、相手が誰であろうと関係ない負け方をする確率が高い。典型的なのは「9番だけをイージーに残す」です。そんな球を撞いたら、相手がC級でも負ける。ハイボールのイージー残し2回+フロック9番1回というのが、対C級の典型的な負け方ですね、、、
持ち点が少ない相手だと、自滅球から立ち直る前に負けてしまう。かといって上手いA級と当たったら普通に負けてしまう。
だから、持ち点が多く、かつ回してくれる相手ということで「球を入れないA級がいい」と言っているわけです。
「球を入れないA級」とだけ聞くと「自称A級の実質B級プレイヤー」みたいな感じで馬鹿にしているように思えてしまいますけど、全然そういうわけじゃないです。というか、初戦での私自身がまさに「球を入れないA級」であります。
Aクラスも上位の方になれば、たとえ体が温まっていなくても中堅A級くらいの球は撞けるでしょうけども、凡A級だと体が温まる前は平気でA級陥落球を撞く。自分自身がそうだし、周りの同じレベルのAクラスプレイヤーを見ていても同じ。
体が温まっていないA級がスタートダッシュをかましたB級に入れ負けるなんてことは、普通にある。
ごく普通のありふれたことだと思っておりますゆえ、「球を入れないA級」ってのは別に馬鹿にした言葉ではないのです。言葉選びが悪いですけどね。正確に言えば「全く本調子ではない中堅以下のA級」でしょうか。
2本目
先日載せたネタからの連想。
「努力できるというのもセンスですよ」とか「努力の才能」みたいなことって、よく言われるじゃないですか。あまりに頻繁に聞きすぎて耳タコ案件ですw
このセリフも使い所を選ぶもんで
甲「自分はセンスがないんで、とにかく頑張って練習するしかないんです」
乙「努力できるというのもセンスですよ」
これは正しい使い方だと思います。自虐する相手に対しての褒めの姿勢が見られる。
一方で、こんな使い方もできちゃいますよね。
「努力できるかどうかもセンス。自分にはセンスがないので、努力できましぇーん」
みたいな。
センスを「先天的に備わった能力」としたら、「努力できるかどうかは先天的に決められていることであり、自分の力ではどうしようもなく、自分が怠けがちなのは仕方のないことである」という言い訳が成り立ってしまう。
だいぶ穿った見方ですけど、そういう感じの態度の人は実際にいるからなぁ。