3本立て
1本目
「ポーカーフェイスで楽器を演奏していると余裕がありそうだと言われるけど、実際には逆で。体も表情もサービス精神をもって動かせている時の方が余裕がある」
そんな趣旨のツイートを見て「分かるわー」と思うと同時に、ビリヤードは逆だなーって思いました。
人によって分かれる気がしますが、私の場合はキツい時には百面相になってしまいます。表情に出ちゃう。
ポーカーフェイスで撞けている時ってのは、比較的余裕がある時です。
さらに余裕をぶっこいてる時(というか真面目に撞いていない時)は最大限に表情が出ますがw
一人練習中は、結構コロコロと表情が変わり、独り言も多い私。それが素。
それが格好悪いという認識があるので、相手がいる時は意識的に抑えます。
「表情の変化や独り言を、意識的に抑えている」状態ですので、抑えられている時はまだ余裕があるのです。余裕がなくなってくると余計なことを意識することが出来なくなってきて、素が出てしまいます。
さて。これは過去に何度か話に出していることですが、昔I氏がパグラヤンの試合中のパフォーマンスに関して「あんな場面で、観客を盛り上げるようなパフォーマンスが出来るのが凄い」「余裕がある」というようなことを言っていました。私は懐疑的な反応をしました。
サークルの先輩で1人、決勝戦などの緊張する場面で場が静まり返っていると「なに静まり返ってんの。緊張しちゃうでしょww」「ほら。盛り上げて!!」と場を温めてから球を撞くっていう人がいました。
I氏がパグラヤンを称賛するように、その先輩のことを「あの場面であぁいうパフォーマンスが出来るのは凄い」「メンタルに余裕がある」と評価する人たちがいました。
しかし残念ながら、その先輩は本人が口にしている通り「静まり返っている場に耐えられない」「場の空気を和らげたい」と思っているのです。なので一度間を取って、パフォーマンスをして場の空気を和らげる。それすなわち、自分のメンタルの弱さを隠すため。メンタルが弱いから、そういうパフォーマンスをする。
そういう先輩がいたものですから、パグラヤンも同じなのでは?と思ったわけです。
ま、先輩の例の場合は本人や周りの親しい人たちから聞き取り調査しているので事実ですが、パグラヤンがどうなのかはただの推測ですので事実は分かりません。
ただ「パフォーマンスが出来る=メンタルに余裕がある」とは限らないぞ、ってのはご記憶いただいてもよろしいかと。
メンタルの余裕の有無とは別に、そういうパフォーマンスが出来るかどうかには、その人のキャラクターも関係してきますけどね(笑)
2本目
テイクバックの頂点からフィニッシュまでの間の、一番キュースピードが乗っている時にインパクトをする。それを「ショットタイミングが合う」とします。
ショットタイミングを合わせようとするにあたって、まずは「合っているのかズレているのか」「ズレているとしたら早い(インパクト前にキュースピードのMAXが来てしまっている)のか遅い(インパクトをした後にキュースピードのMAXが来てしまっている)のか」を判別できるようにならなくてはいけません。
そして、ズレの判別が出来るようになったら今度は具体的には「どう合わせるのか」という技術論になってきます。
遅いならばどう早めれば良いのか。早いならばどう遅くズラせばいいのか。
私のストロークにおける重要な意識ポイントの1つなので、自分なりのメソッドがしっかり確立されております。プレイでは。
ブレイクはホントだめッスわ。
タイミングが速いのか遅いのか、そこの判別は出来ていると思います。
しかし、調整が出来ない。
多少は出来ていると思い込んでいたんですけど、気づいてしまいました。タイミングを合わせてるんじゃなくて、キュースピードを調整しているだけだってことに、、、
プレイでタイミングがズレていた時は、キュースピードを変えることなくタイミングを前後に調整することが出来ます。
一方、ブレイクでタイミングがズレていた時は、キュースピードを緩めてタイミングを合わせているだけだってことに気づいてしまった。俗にいう「当てに行っている」っていう状態ですね。
「タイミングが合ってるゆっくりとしたキュースピード」か「タイミングがズレている速めのキュースピードか」の二択っていうどうしようもない状態。あ、もちろん「タイミングがズレている遅いキュースピード」っていう雑魚パターンも含めたら3択ですけど。
キュースピードを変えることなくタイミングを調整する術を、なんとか獲得せねば、、、、
3本目
私がビリヤードサークルに入ってビリヤードを始め、先輩に教わりながら初めてやったゲームは9ボールでした。
そして以降も、周りのどこを見ても9ボール。見るのもやるのも9ボール。私が初めて9ボール以外のゲームをやったのがいつ頃だったかは全く覚えていませんが、とりあえず「ビリヤード=9ボール」っていうところからビリヤード歴がスタートし、今に至るまで大してイメージは変わっていません。
9ボールはコールショットじゃないですよね。他のゲームは大抵がコールショットであり、9ボールの方が例外と言えるはずですが、しかし9ボールがポピュラーなだけにノーコールの方が一般的だという捻じれ。
8や14-1をやる時にはコールをするわけですが、滅多にやらないし。ローテもこの間初めてやったってくらいだし。
そんなわけで、私がコールをする場面といえば、JPAをやっていた時のセーフティーコールと、10ボールの時のコールショットです。
先日、フォロワーさんが「10ボールではセーフティーコールをする必要が無いのに、コールをする人がいるのはなぜか」というツイートをしておられました。
私も過去に同じことが気になりまして、方々に尋ねてみたことがありました。
10ボールのコールは「〇番をどこそこのポケットに入れる」というシュートのコールをすれば良いだけなので、セーフティーのコールは必要が無い。無言でセーフティーしてもいいし、シュートのコールをしつつセーフティーしにいったって良いし。
そんな中、「セーフティー」とコールをする人がいる。何故なのか。
で、私が尋ねてみた中で意見が多かったのは、相手にコールをしているというよりも自分自身に言い聞かせての「意思固め」というもの。
「うーん。セーフティーしようか攻めるか迷うなぁ」とか「セーフティーで良いよね。他にも選択肢あるのかな?」とか曖昧な気持ちのまんま撞きに行くとロクなことにならないので、「セーフティー」とあえて口にすることで自分自身の意思を固める、と。言霊ですね。
その理由が全てというわけではないでしょうが、そういう人が多数派なようです。
私も10ボールでセーフティーコールをしていることがたまにあります。そういう時って完全に無意識で、意図も何もあったもんじゃなくて「頭の中の考えが漏れ出ただけ」みたいな感じですw
今回の件についてのやり取りの中で「意図的に撞いたセーフティーを『フロックでセーフティーされた』と思われるのが嫌だからコールしておくっていう場合もあるのでは」という趣旨のコメントを見かけまして「あー。それ分かるわー」って思ってました。
誰が見たってセーフティーだと分かるようなセーフティーがある一方で、入れに行ったんだかセーフティーしにいったんだか分からないようなセーフティーもありますからね。そういうセーフティーを撞く時に「相手からフロックだと思われたくない!」という思いから、本来は必要ではない「セーフティー」というコールをするってのはありそうな話です。
親しい人と9ボールを撞いている時に、必要もないのに入れやセーフティーの仕方に関して事前にコールすることってありませんか?W 私はあります。
コールせずに撞くと、ともすればフロックだと思われてしまいそうなショット。そんなショットを撞く前にコールしておく。私はその気持ちが良く分かる。
似たような話ですけど、10ボールでセーフティーをするだとか、空クッションからとりあえず当てておきたいっていう時に「もしかしたら入る可能性があるかもしれないので、念のために」とシュートのコールをする事ってあるじゃないですか。
そういう時に「一応」とか「念のため」とか、枕詞を撞ける人、いませんか?
「一応、6番をここで」みたいな感じに。
私は、10ボールをやり始めたばっかりの頃は、そういう枕詞をつけてました。
何故かといえば、コールしたのとはドソッポな結果になったら恥ずかしいから、です。
セーフティーなり当てイチなりが本当の狙いで、コールしているのは念のため。けっして本気で狙っているわけじゃないですよ。入らなかったりドソッポになりそうだったりするのは自分でも分かってますよー。みたいなw
最近言わなくなったのは、私自身が10ボールに慣れたこともあるし、対戦する相手も10ボール慣れしていて、誰もが「念のためのコールをするのは当たり前」という意識をもっているからです。わざわざ言い訳をしておく必要が無いから。
そんな中、その時にもネタにしましたが、昨年観に行った10ボールの試合では、プロも「一応」という枕詞を毎回のようにつけておられた。
プロがどういう意図で「一応」と言っていたのかは分かりませんが、プロの場合は自分の球を見ているのが対戦相手だけじゃなくギャラリーもたくさんいて、その中には初級者もいる。初級者だと「コールした通りになってない」「ドソッポじゃないか」とか思う人もきっといるでしょうからね。そういう人に向けての「一応」という保険の言葉なのかな?とか勝手に推測していました。
10ボールでのフロックだと思われたくないがためのセーフティーコールにしても「一応」コールにしても、皆々様、相手や周りからの目を気にしてるんだなと思って私は安心しているのです(笑)
私は他人からの評価をあまりにも気にしてしまうのですが、同じような人が多いと本当に安心する。