3本立て
1本目
「ビリヤードよりも長くやっていること(ビリヤードよりも歴の長い趣味)は何?」と聞かれたので「人間」と答えて怒られた鈴木です。こんにちは。
「いま何してるのー?」と聞かれて「息してる」とか「生きてる」とか答える。。。。ってのは誰しも子供の頃にやりませんでした?あれ?やってない?
「何してるの?」に対して、同級生のデブキャラが弁当を食べながら「太ってる」と答えたのは、今も記憶に残る秀逸な返しであったと思っております。
何をしているのかと問われ、冗談ではなく本当に「息をしている」くらいしか答えることが無かったら、何もしていないのと同義ですよね。
私にはそういうボーっとしている時間やゴロゴロしている時間、寝ている時間が凄く無駄に思えてしまうのです。
そういう時間も大切だ!好きだ!って人も少なくないと思います。私だって好きです。ボーっとするのは好き。ゴロゴロするのも好き。寝るのだって好き。
けど「無駄だ」という気持ちが好きを上回ってしまう。もしも長時間ゴロゴロとしようものなら、「なんと無駄な時間だったのか」と猛烈な自己嫌悪に襲われてしまいます。
何もしていない時間が嫌。何かしらの行動をしていたい。
そういう思いがあるために、長く時間が空いている時に出来ること、1時間ほど時間が空いた時に出来ること、ほんの数十分暇な時、もっと短時間暇な時。はたまた、特にすることが無いけれど自宅待機しなきゃいけない時、待ち合わせで相手が遅れて長時間待たされる時、電車待ちをしている時、電車に乗っている時etc.
色んな長さの空き時間。色んなシチュエーションでの空き時間に出来ることを探して行った結果として、やたらと趣味が増えてしまったわけであります。
常に何かしら行動していないと気が済まない。少しでも時間が空いたら、何か予定を入れて埋めないと落ち着かない。
そんな性格なものですから、常に時間に余裕は無く、体力に余裕もなく、結果的に気持ちにも余裕がなくなっている気がする。常に予定を埋めておかないと気が済まないせいで、緊急の用事が入った場合に隙間が無くて困ることも多いし。
そんなわけで「何もしない時間を作ろう」が最近の私の課題だったりします(笑)
先日とあるカレー屋さんに行きましたところ、外国人店員さんのワンオペ。
イントネーションに若干のおかしさはあるものの、恐ろしく日本語が上手く「日本人でもそこまで丁寧な言い回しは中々出来ないぞ」ってな言葉遣い。まるで高級料亭にでも来たかのような接客をされました。
最初は客が私1人だったから良かったのですが、私が会計をしようと思うころには後客が何名か。
常連さんとのお喋りに興じ、共通の趣味の話なんかも長々とし出しちゃって、他の客への気配りが疎かになる店員さん。私の会計も中々してくれない。「接客は丁寧だけど、こういうとこが外国人だよなぁ」なんて私は思ってしまいました。体内に物凄くノンビリとした時間が流れているのでしょうな。
しかしそこで私はイライラするでもなく「郷に入っては郷に従え。別に急いでいるわけでもないし、のんびりと行こー」と思って、一緒になってノンビリしておりました。
その結果、1時間半撞けただろうに球撞き時間が1時間になってしまいましたww でもそんなのは大した話じゃない。
日本人は時間に追われがち。東京の人間は特にそうでしょう。特に急いでなくても電車に駆け込んでしまうのです。たとえ後続列車が数分後に来るとしても。
「のんびり」「気持ちに余裕を持つ」ってのが出来れば日常生活を送る上でも、メンタル強くビリヤードをする上でも役に立つんでしょう。課題だなぁ。
2本目
だいぶ前にも1度ネタにしたんですけど、またキッカケがあったので再び。
単なる言葉の使い方の話なので、私のイメージが合っているという自信もないです。単なる雑談ネタとしてお読みくださいませ。
「損得勘定を抜きにした付き合い」みたいに言われることがあるわけですが、損得勘定の絡まない付き合いなんて存在するのか?と私は思ってしまうのであります。
まぁ「損得勘定」というものをどう定義するか次第の話でもあります。もし「損得」を金銭的なものに限るとしたら、損得勘定の絡まない付き合いはいくらでもあります。「損得勘定の絡まない付き合いはあります」で話は終わりです。ザッツオール。ここで終わりです。
もっと広義で考えますとどうでしょう。金銭的なこと以外も視野に入れたら。
たとえば、相撞き相手を選ぶ場合に
・一緒に撞いていて楽しい人
・一緒に撞いていて楽しくない人
どっちと頻繁に相撞きしたいですか?となったら前者じゃないですか。
・一緒に撞いていて勉強になる人
・一緒に撞いていても何も得られない人
だったとしても、やはり前者を選びますよね。
けど
・相撞きしていても勉強にはならないけど、楽しい
・相撞きすると勉強にはなるが、フラストレーションがたまる
だと前者を選びがちではないでしょうか。
そうやって、色んな条件を踏まえて、自分にとって価値のある球撞き時間を過ごせるように相手を選ぶ。それって損得勘定で選んでるって言わないんですかね?
「好きではない相手だけど、頻繁に奢ってくれたりプレゼントしてくれたりなど、金銭的な魅力がある」なんて人と付き合うのは、いかにも打算的で損得勘定で動いているって感じですけどね。
「あの人といると楽しい」「あの人といるとリラックスできる」なんてのも、感情面での損得で判断してるじゃないですか。
楽しくない相手と飲みに行くのは損。楽しい相手と飲みに行くのは得。
当たり前の話ですよね。
損得勘定で動くのは当たり前。当たり前だからこそ「損得勘定を抜きにした付き合い」とはなんぞ?って思ってしまう。
損得勘定の話をよく出してくる人たちというのがチラホラいます。話ぶりからして、その人たちのいう「損得勘定」は金銭的な話では無いらしい。なのに「損得勘定を抜きにして」なんて言われると、そんなもん存在するかいなって思っちゃう。
単に損得の判断を無意識に行っているっていうだけの話じゃないの?
損得を金銭的なことに限れば、当たり前のように「損得勘定が絡まない付き合いはある」と答えますし。
金銭的なこと以外も絡むのであれば「損得勘定が絡まない付き合いなど存在しない」と答えますし。
どちらであったとしても、当たり前すぎて「損得勘定の絡まない付き合い」というものが話題として挙がる意味が私には分からないんですが、何か私が見落としているポイントがあるんだろうか。
3本目
これはこの間、とある料理屋で食事をしていた時のこと。
近くの席では女子会(と言っても私と同世代くらいの感じだったから「女子」とは言えなさそうですが)を開催中。その中に1人、声がやたらと通るお喋りな女性がいました。
「私、なんでも知ってるんだよねー」と口にする女性。冗談を言っている口ぶりでもなく、本気の様子。喋り口があまり賢そうには思えませんでしたので、「俺すげぇだろ」の女性版かなと思いました。
「なんでも知ってる」発言から約5分後。頼んだドリンクメニューが届いた様子。
乾杯の声が聞こえてから間もなく、その女性がひときわ大きな声を出しました。
「えっ。サワーってお酒なの!!??」
どうやらサワーが酒だとは知らずに注文した様子。車で来ているらしい。
周りの女性達は冷静に「早速知らないことが出来ちゃったね」とツッコミ。口調からするに、その女性のバカっぷりは昨日今日始まった話ではないっぽい。古い付き合いで慣れているってことでしょうかね。
聞こうとしなくても聞こえてくるその会話。うちのテーブルの面々は苦笑及び爆笑しておりました。
この件から言いたいことはと言えば、前も同じことを言った気がしますが「馬鹿も喋らずば馬鹿にされまい」であります(前にも同じことを言った気がすると思いきや、そのネタはまだ載せてなかったらしい。翌日分で載せましたw)
なんで「私、なんでも知ってるんだよねー」とか言っちゃうんでしょうね。なんで、自らのハードルを上げてしまうんでしょうか。
それで実際に並以上の知識量があるというならともかく、大抵そういうことを口にする人は並以下っていう。
いや、まぁ、ビリヤードでもそういう人はいるよなっていう話でもあるし、何かを書かなきゃいけないブロガーたる私はそんな黒歴史ばっかり作ってるよなっていう自虐でもある、、、