鈴木さんちの球日記

撞球愚痴日記。2006年から書き続けているので、昔と今とでは持論が変わっていることが多いです。1プレイヤーの成長記として、生暖かい目で見守ってください。

敵役の背景

 

1本目

 

ドラマとか映画とか、一昔前までは勧善懲悪な作品が多かったですよね。善と悪がハッキリしていて、視聴者はただただ純粋に主人公を応援するっていう。

 

一昔前まではって言いましたけど、一周回って最近もネット漫画ではその傾向がありますね。チート物、転生物の作品なんて大抵そうだ。

 

反面、敵役にも敵役なりの正義がある様が描かれ、敵役に感情移入してしまうような作品も多いわけじゃないですか。

 

その手の漫画を読んでいた時にふと「敵に感情移入してしまうのは、それだけ敵役が悪事に手を染めるに至った背景が丁寧に描写されているからだよなぁ」と思っていました。

 

どういう生い立ちなのか。何をキッカケに落ちていってしまったのか。どんな葛藤を抱えているのか。敵役同士の友情などなど、それらが細かく描かれているから同情し感情移入し、「悪いやつ」だと素直には思えなくなるっていう。

 

また、悪いやつなのは間違いないし、共感はしないし近くにいてほしくもないけど、遠目に見ている分には格好良くて憧れる!なんてこともあるんじゃないでしょうか。それもまた描写が丁寧だからですよね。視聴者がそういう思いを抱くように仕組まれているから。

 

 

でビリヤードなんですけど、以前に「生い立ちから全てを追体験できたとしたら、共感出来ないような相手っているんだろうか?」みたいな話をブログに書いたことがあります。

 

球屋で会った人、試合で対戦した人、ネット上で見かけた意見などなど「なんだこいつ?」って思うことは多々あると思うんですけど、もし漫画や映画と同じく、その相手が今の姿になるまでの背景を全て知ることが出来たら、大抵は共感出来てしまうんじゃない?と。

 

現実にはそんなことは出来ないので、変な人は変な人で、わけ分からん奴はわけ分からん奴のまんまなんですけど、「自分と相手は背景が違うだけ」という視点は持っておくべきだよなーと思っている今日この頃。

 

思っているだけで、中々心構えとして定着はさせられないお子ちゃまです。

 

 

2本目

 

女性ならではの苦労話をした時に、男性の中には「自分は男だから分からないけど、大変そうだね」と言ってくれる人がいる。その一方で女性の中には「私だって女だけど、そんなこと大して気にならなかったよ。ただの甘えじゃない?」などと言ってくる人がいる。

 

そんな愚痴を度々見聞きします。「中途半端に境遇が似ている人の方が、かえって当たりがキツい」という話。

 

 

いま多くの皆様が共感しやすいのは、ワクチン接種に関することじゃないでしょうかね。ワクチン接種後の副反応って人によりけり大小がありますよね。どこ製のワクチンかでも違いますよね。

 

大きな副反応が出てのツラさをボヤいたら、未接種の人の中には「大変そうだね」と気遣ってくれる人がいる一方で、接種した人の中には自分の副反応を基準にして「全然大したことなかったよ。この程度でボヤくなんて軟弱なんじゃない?」と言ってくる人がいる、みたいな。

 

結構なあるある話じゃないでしょうか。

 

 

ビリヤード関連でパッと頭に浮かんだのは視力です。

 

私は両目ともに0.05未満でして、球を撞く際にはコンタクトレンズが必須なんですけど、裸眼で撞かなきゃいけない時に「なんも見えん」とボヤいていたら「俺だって近視だけど裸眼でも普通に撞けるよ。言い訳でしょw」とか言われたことある。その相手、視力0.5っていう、、、、

 

確かに「近視」という括りでは一緒かもしれないけど、程度が全然違うじゃんっていう。。。

 

「条件一緒じゃないよ。全然違うよ」って言いたくなる例、各人、色々思い当たることはあるんじゃないでしょうかね。

 

 

ここまでは、条件が一緒だと思い込んで揚げ足を取ってくる人を悪者扱いしましたけども、私もそっちの立場になってしまうことがあるんだよなー、と思ったことが今回のネタを書くキッカケになっております。

 

私は大概コミュニケーション能力が低いです。コミュ障です。自他共に認めるところ。

 

そういう自覚があるからこそ、コミュ障を自称する他人のエピソードを聞いた時に「自分もコミュ障だけど、そんなことで諦めたりはしなかった。諦めたこの人は駄目」とか「自分もコミュ障だけど、だからこそ工夫をした。工夫をしようとしないこの人は駄目」とか思ってしまうことがある。

 

「相手と自分は立場が一緒」と思い込んでしまっている。立場が一緒だから相手にも自分と同じことが出来るはずだ。やろうとしないのはダメだ!って思ってしまう。

 

程度が全然違うかもしれないのに。言葉の上では同じ境遇でも、実際には全然違うかもしれないのに。

 

「『あなたの気持ちは分かるけど』と言ってくる人は、全然気持ちを分かっていない」と良く言われますけど、その典型的な話ですな(;´∀`)

 

半端な共感ってのが一番厄介ですね。