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1本目
月1ペースで分かりづらい投稿をして曲解の渦を巻き起こす私です。4月のやらかしがこちら。
「同じクラスの自分よりも腕前が劣る人」も含めて自分未満の人を言葉で表したい時、なんて表現すれば良いでしょうか。
— 鈴木さんちの鈴木? (@billiblo) 2024年4月8日
「下級者」だと同じクラスの人が含まれなさそう。
「格下」はなんかバカにしてるニュアンスが含まれそう。「自分より下手な人」も同じ。
ちょうどいい表現が思い浮かばない🤔
色々愚痴りたいこともあるんですが、グッと我慢するとしてw
私が何を言いたかったのかを説明いたします。
ABCの各クラスをさらに上中下の3段階に細分化した場合、私は「A中」に属すると思っています。
自称A中の私からするとA下のプレイヤーも「自分よりも下の人」「自分未満の腕前の人」ということになります。「全くの一般人〜A下」が私からしての「ビリヤードの腕前が私よりも下の人」になる。
この「ビリヤードの腕前が私よりも下の人」をもっと簡潔に言い表せる言葉は無いか?というのが投稿の趣旨でした。
きっけー氏なんかが好例です。きっけー氏はAクラスでありクラスは私と同じですが、腕前では私よりも劣る。きっけー氏と接していると「自分に比べて技術や知識、経験で劣るな」と感じる場面が多いです。
きっけー氏と同じくらいの実力である知り合いがたくさんいます。偉そうな物言いで申し訳ないが、同じAではあるのだけれど「自分と同等である」と考えるのは難しい相手。そういうAも含めて「自分よりも下の人」を綺麗にまとめられる表現は無いのだろうか。それが疑問なのです。
A上の人となったらより一層「同じクラスだけど、自分と同等ではない」と思うことが増えるんじゃないでしょうかね。B上も同じでしょう。B上とB下では同じクラスだけれど技量も考え方も全然違いますからね。
「以前に◯◯達と球談義をした時に、ストロークについてこんな意見が出ました」を用例とします。
「以前にビリヤードの腕前が私よりも下の人達と球談義をした時」だと、なんか説明口調でまどろっこしいですよね。X(ツイッター)だと字数が気になるし。
「以前に下級者達と球談義をした時」であれば文章はスッキリですが、「下級者」だと「級」なだけに「B級以下」というニュアンスで読み取られそう。A下も含めたい時には適さない。
「以前に格下達と球談義をした時」だと、「格下」という言い方にトゲがある。
- 長すぎてまどろっこしい
- ニュアンスが異なる
- ネガティブな読み取られ方をする可能性がある
私の語彙力では必ずこの3つのどれかが当てはまってしまう。何か適格な言葉はないものだろうか?と思ってXの皆様の知恵を借りようとしたのですが、曲解されたりネタに使われたりしただけで終わりました。
私の表現力だとか読み手の読解力だとか色々思うことはあったのですが、「そういう表現を使いたいと思うシチュエーションが他の人には無いのかもしれない」とも思いました。
2本目のネタでも「A下も含めて、私よりも腕前が下の人」について触れてるんですけど、私はブログをやっているのでそういった表現をしたいことが多々ある。
他方で、ほとんどの方々は普段の生活で「自分よりも下の人」を言い表そうとする場面がないのかもしれません。「なぜわざわざ自分より下であると示す必要があるのか」「差別するのか!!」と受け取る人すらいるもよう。
ブロガーという属性の人はほとんどいないだけに、中々共感してもらえないのかもしれぬ。。。
2本目では仮の表現として、A下も含めて「下級者」と表現しております。
2本目
ここ何年か、話の噛み合わなさや価値観の違いを覚えることがどうも多いように感じていました。
あまり深刻には考えておらず、漠然と「X(ツイッター)が昔より流行っているから以前よりも多くの人の意見を目にする機会ができ、価値観の違いを思い知らされることも多くなったからでは」と思っていました。実際、それも1つの大きな原因だと思います。
もう1つ最近気づいたことがありました。「ここ数年、下級者とばかり接している」ということです。
やはり、自分と同じくらいの人とは価値観が近くなりますし。格上プレイヤーの話を聞いて価値観の違いを覚えた時には、「価値観が違うけど、上手くなるとそういう考え方になるのかな」と思うのでストレスではない。価値観の違いをリスペクトできる。
が、下級者から価値観の異なることを言われると「それはおかしいよ」と思ってしまうからストレスになるんでしょうね。
ここ何年もずっと下級者とばかり接していて、下級者理論を大きな声で聞かされ続けていたからストレスだったのかもしれない。
別に下級者だからって全員と価値観が合わないわけではないし、同じくらいの腕前だからってバッチリ価値観が合うわけでもないですが、傾向というものはある。価値観の違いを覚えやすいレベルの人達と接することが多かったからモヤモヤが多かったのかも。
じゃぁ、なんで下級者とばかり接していたんだろうか?と考えました。
コロナ禍初期には球を撞かず、タイミングを見計らって球撞きを再開してからも人と距離を取り、その中でブレイク熱が急上昇してプレイの練習を怠りまくりだった私。「相撞きしたい」とか「試合に出たい」という気持ちが全くなくなってしまいました。
そんな状態で相撞きする相手は、たとえばキッケー氏。元から親しいキッケー氏相手ならば下手くそな球、やる気の無い球を存分に撞けるので気にせず相撞きしていました。1本目で書きました通り、きっけー氏も下級者です。
他にも「声をかけられたから相撞きした」「お誘いがあったから相撞きした」という、一切の能動性を見せない受動的な相撞きをちょくちょくしていたわけですが、思えばほぼ全員が下級者なんですよね。
そう気づいてから考えたんですけど、なんでなんだろう。
たまに元からの知り合いだったらSA様やプロ様に相撞きを申し込まれて撞きもしましたけど、95%が下級者。
Xを通じての出会いが多かったと思うので、X上で積極的に活動しているのは下級者が多いということなのか。
また、コロナ禍以降は漫画喫茶や大型店に夕方に行くことが多く、そういうシチュエーションでは下級者が多いということなのか。
なんにせよ、コロナ禍以降は下級者とばかり接していた。それが価値観の違いを覚える原因の1つになっていたような気がします。
気づいたからには、さぁどうしましょうか。自分以上の人をメインに接するか、気持ちを入れ替えて価値観の違いを楽しむか。さて、どうしたもんか。